経営と改革。造園業に寄り添って。松戸専務インタビュー3

前回は、松戸専務が主に取り組んでいる仕事の内容や日造協での活動など教えてもらったね!

大学を卒業して造園業へ。松戸専務インタビュー2

新松戸造園でどんな人たちがいるかってことで、社員のみんなにインタビューしてるんだ!前回のブログでは松戸専務から、会社や造園業に対する想いについて教えてもらった…

もともと、松戸専務のおじいちゃんの代から新松戸造園を立ち上げていて生まれた時から造園業の人たちがまわりにいるのが当たり前だった松戸専務。

そんな環境で、松戸専務も造園業を生業にすること、新松戸造園を継ぐと決めたエピソードについても聞いてみたよ!

コウメ
松戸専務

新松戸造園に入る”って最終的にに決めたのは大学3年の就活の時だったね。父が倒れて入院したんだ。病気もそんなに重くなくて、入院期間は1ヶ月で済んだんだけど、その当時してた就職活動を全部やめたのが大きなきっかけだね。

正直、ポジティブな感情ではなく「新松戸造園に収まっちゃったな」って気持ちだったよ。

というのも、自分の将来的については、高校生の時からなんとなく考えてはいたんだよ。

もともと「造ること」っていうのは好きだったし、学校での図工や美術の成績もいい方だったんだ。

そして、高校生の時、卒業後の進路選択で造園学科っていうのを視野に入れるようになったんだよ。

実父や祖父たちを見ていて「造園業に携わること」や「新松戸造園で造園業を生業とすること」っていうのは意識していた。

高校は普通科に行ったんだけど、大学を将来を考えて東京農業大学に進学したよ。

松戸専務

就職活動し始めの頃は、最初から家業を継ぐんじゃなくて、「修行」という立場で他の造園会社に行ったほうがいいと思っていたんだ。周りからも今後、家業を継ぐ身としても「外」を見た方がいいって言われていたしね。

恩師でもある大学の教授からも、

「すぐ家に入ってしまったら、親父を超えられないぞ。お前はそれでいいのか。親は親、自分の人生のための選択をしろ」

ってお叱りも含めて言われていたんだ。

でも、当時の僕にとっては、親が倒れたっていうのが現実だったね。

そうやって、大学卒業後すぐに、新松戸造園に入って仕事し始めたよ。

コウメ
松戸専務

20代は本当によく学んで、よく遊んでたね。睡眠時間が惜しかったよ。

仕事にも遊びにも集中してた!

そして、妻にも出会って、結婚して子どもも授かった。

結婚式の時にさ、恩師に仲人になってもらったんだけど、その時にも活を入れられたんだよ。

「松戸、お前にできることはなんだ。仕事を覚えるだけではなく、お前の親父ができなかったことをやっていかないと、造園業界もよくならないと」

親父を超えろってメッセージをもらったんだ。

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松戸専務

正直、わからないね。というよりも比べられるものではないからね。

社長が前線で活躍して頃は高度経済成長期でもあって、イケイケドンドンな時代で、景気のいいときだったから、単純に比較はできないよ。

ただ、父を超えるって意味になるかわからないけど、自分が経営を任されるようになってから「新松戸造園の改革」に力を入れたよ。

15年くらい前の平成12,3年頃かな。30代になって、現場仕事というよりは後継者として、経営の方を任されるようになったんだ。

その頃、景気も右肩下がりだし、労務単価も下がっていく一方で、僕自身、単純に日々過ごしてるだけだと面白くなくてさ。自分自身の技術を身につける時期というのには区切りをつけて、経営の方に本腰を入れて、会社の中身から変えていこうって動き出したんだよ。

コウメ
松戸専務

まずは、父が培ってきた社内の雰囲気や職場のルールを文章化した。ルールや規則を明確にすることでみんなが正当に働けるようにしたんだ。慣れるまでは社員のみんなも大変だったと思う。

内部的にメスを入れて、社員一人ひとりに責任を持って仕事してもらうように、僕自身も従業員に対して、責任持った行動をとるようにしたよ。

その頃って、景気が悪いといっても、仕事はたくさんあったんだよ。

だから造園業界も完全に潰れるってことはなかったんだけど、会社によっては、借金しながら社長自身の資産を切り崩して給与の支払いしたり、最終的には倒産してしまってる会社もあったから、新松戸造園はそうならないようにしなきゃって思いも強かったよ。

今までのやり方や、スタンスじゃ通用しなくなるだろうと思って、仕事のことや会社のことを本質的に考え、新松戸造園の得意不得意な分野、社員がやりたいこと、やりたくないことっていうのをふるい分けして整理しながら、仕事も選んでいくようにしたんだ。

コウメ
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松戸専務

そうだねー

幼稚園のころ、船の船長になりたかったよ!

多分、家族旅行で船の旅にいったんだ。その時、船の中でいろんな遊びや美味しいご飯がたくさんあって、幼稚園生からするとすごい刺激的だったんだろうね。そんな船が好きだったから、船長になりたい!!って

そのころは単純だったし、親の仕事のことは全然知らない時期だったからね。

コウメ
松戸専務

小学校上がってからは、夢っていう夢ってのはあんまりなかったかな。目の前のことが楽しくて、必死って感じだったよ。テレビ見るのも、友達と遊ぶのも好きだったし!

みんなに慕われて、元気に走り回ってる感じだったね(笑)友達もいっぱいいて、生徒会とか学級委員とかも率先してやってた。

コウメ
松戸専務

そして、さっきも話したけど高校生くらいから、将来のことを現実的に考えるようになったかな。

父や、祖父の後ろ姿を見て、リアルなところに造園業があったんだよ。朝早くて大変そうだなとか、二人の背中を見てると、「正直、そんなところに足突っ込みたくないな」って思ってた。

だって見るからに大変そうなんだもん!それよりだったら、時間でお給料もらえるような仕事の方がいいのかなって。

でもさ、高校時代にいい仲間に巡り会えたんだよ。男子校っていうのもあったのか、ハメ外すわけでもなく、仲間たちと鎌倉とか日光とか、原付で走ったりしてたんだよ。

コウメ
松戸専務

そうだろ、今考えるとよく原付でいったよ。でもさ、そんな風に楽しいこともあったから、多少の辛いことも乗り越えられたんだよね。仲間意識も強くてさ。今でも、たまに飲みいったり、会ったりする仲なんだ!

コウメ
松戸専務

もう、最近は休みっていう休みはないね。

経営する立場になって、曜日や祝日とか関係なくなったよ。現場仕事から離れて、日造協の活動する時もそうだし、やること全て仕事の一環なんだよ。

昔はゴルフとかもいってたけど、最近は時間ができたら読書かな。

コウメ
松戸専務

幅広く読んでるよ!

活字だけじゃなくて、漫画も読むし、マン喫ができ始めた頃にもよくいってた。

あとはハードカバーの本だけじゃなくて、電子書籍も手軽に読めるしね

コウメ

専務から本当にいろんな話が聞けてコウメとっても楽しかった!新松戸造園を引っ張っている専務。そんな専務を慕っていっしょに働いてる他のみんなからもお話聞きたいねー!!

さーて次は誰に突撃インタビューしようかなっ!!

次回の愉快な新松戸造園’sもお楽しみにっ!!