二十世紀梨里帰りプロジェクト
「二十世紀梨里帰りプロジェクト」とは
目的
・千葉県松戸市が「二十世紀梨発祥の地」なのに地元の人から忘れられているのは残念
・新松戸造園の本家から全国に発信された「二十世紀梨」を復活させたい
・松戸市の顔となるよう植樹等、「梨」を身近に感じてもらいたい
目標
松戸覚之助から全国に広がった二十世紀梨を松戸市で増やす
・鳥取県では、松戸覚之助から購入した接木苗「鳥取二十世紀梨の親木」が3本現存していることが判明。枯死する前に穂木として譲り受ける(2022年達成)
・松戸市内の公園や学校などを二十世紀梨の木でいっぱいにしたい
・「お花見と言えば松戸市の二十世紀梨の白い花」と言われるように梨の花文化を発信していきたい
2018年
二十世紀梨里帰りプロジェクト発足
2019年
用地取得(畑整備)
2020年
- 接ぎ木苗第1弾テスト(松戸産おさゴールド×ヤマナシ)
- 毎日新聞掲載「二十世紀梨里帰り」
- ニッポン放送中村こずえのSUNDAY HAPPY MAP「教えてマイタウン」出演
2021年
- 接ぎ木苗第2弾テスト(長野県産二十世紀梨×ホクシマメナシ)
- 山田哲也副市長来訪(当時松戸市副市長)
- テレビ東京放送「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ」
2022年
- 二十世紀梨親木の穂木受渡式(オンライン開催)
- 日本農業新聞掲載「梨二十世紀 穂木受け渡し」
- 日本海新聞掲載「二十世紀梨親木里帰り118 年ぶり千葉・松戸へ」
- 接ぎ木苗 第3弾本番(鳥取二十世紀梨親木×ホクシマメナシ)
- 読売新聞掲載「二十世紀梨 松戸で復活」
- 鳥取県訪問(JA 全農とっとり、なしっこ館、とっとり出合いの森 他)
2023年
- 読売新聞掲載「二十世紀梨 公園で実って 親木接ぎ木苗木植栽計画」
- bayfmYOU 遊チバ放送「なしの里帰り(新松戸造園)」
- J:COM LIVE ニュース出演「二十世紀梨里帰りプロジェクトとは?」
- 奈良県訪問(大阿太高原)
- 松戸市21 世紀の森と広場 二十世紀梨保存プロジェクトに伴う土壌改良工事着工
2024年
- ちいき新聞掲載「松戸ブラザーズの挑戦!二十世紀梨里帰りプロジェクト」
- 二十世紀梨親木苗贈呈式(松戸市観光梨園組合連合会会長 髙橋様へ寄贈)
- BS フジ放送「統計ミステリーQ あなたの知らない日本」
梨の生産量日本一の街で発見した「二十世紀梨」の誕生秘話・13 歳の少年がある場所で発見? - J:COM 放送「ジモトトピックス」 二十世紀梨里帰りプロジェクト挑戦中!親木苗贈呈式
- 産経新聞掲載「二十世紀梨里帰り 熱い想い」
- 松戸市21 世紀の森と広場 鳥取二十世紀梨の親木×ホクシマメナシの接ぎ木苗を植樹
- 松戸市立大橋小学校 出張授業・梨の花見会開催
- 東京新聞掲載「松戸のお花見は二十世紀梨で」
- ちいき新聞掲載「大橋小学校の二十世紀梨授業」
二十世紀梨の誕生
1888年、松戸覚之助(当時13歳)が八柱村(現・松戸市)にある親類のゴミ捨て場で二十世紀梨の幼木を拾い、父の伊左衛門が経営する梨園「錦果園」で根気強く育てたことが始まりとされている。
発見から10年後に結実。当初は新太白と呼ばれていたが、間もなく訪れる20世紀にこれ以上の梨が現れることはないだろうという期待を込めて「二十世紀」と名付けられた。
松戸覚之助と新松戸造園の関係
二十世紀梨の発見者である松戸覚之助とは、本家・分家の関係。
直系ではないが傍系の血縁関係にある。
江戸時代に分家に出たと推測される。
克浩曾祖父倉蔵の兄(長男 仙太郎)は錦果園の宛名書きを手伝った。
松戸覚之助
(1875年~1934年)
二十世紀梨の歴史
- 松戸覚之助により発見される(千葉縣東葛飾郡八柱村大字大橋字北大塚)
- 父の伊左衛門が経営する梨園「錦果園」で育てる(1884年頃開園)
結実。当初は新太白と呼ばれていた。
渡瀬寅次郎により「二十世紀梨」と命名
興農雑誌に掲載発表
東京新宿種苗㈱開催の園芸品評会で特等賞授与
日英大博覧会(ロンドン市)で最高名誉賞獲得(東洋種の梨)
弱ってきたため、千葉県高等園芸学校の三木泰治教授に相談(覚之助死去)
国(文部省指定)の天然記念物に指定される(文部省告示427号)
11月22日、本土初空襲で被害を受ける
枯死
文部省指定解除
松戸から鳥取県に渡った親木から枝が里帰り。市内の数戸の園で接木・栽培
二十世紀梨里帰りイベント(松戸市)
倉吉市より大橋小学校へ二十世紀梨の木4本が寄贈される
- 鳥取二十世紀梨100周年イベント(倉吉市)
- 松戸市・倉吉市交流都市宣言「梨(あり)の実交流宣言」
二十世紀梨の特徴
青梨の代表品種の一つ。大きさは300gほどで肌は淡い黄緑色。果汁が多く酸味と甘さのバランスのとれた爽やかな味。
8月下旬から9月中旬に収穫。4月に白い花が咲く。
結実には多品種の花粉による人工授粉が必要。黒斑病に弱いという欠点がある。
交配種として子孫へ受け継がれた二十世紀梨
- 菊水(二十世紀×太白)
- 幸水(菊水×早生幸蔵)
- 豊水(幸水×イー33)
- 他多数の梨の誕生に影響している
二十世紀梨が鳥取県に渡ったルーツ
鳥取県に初めて二十世紀梨の苗木が持ち込まれたのは、1904年、松保村(現在の鳥取市桂見)で農業を営んでいた北脇永治が、松戸覚之助の父が経営する「錦果園」から10本の苗木を購入し、果樹園に植えたことが始まりとされている。
二十世紀梨の改良品種
- 早生二十世紀(二十世紀の枝変わり1954年発見)15日ほど早く収穫
- おさ二十世紀(二十世紀の枝変わり1979年品種登録)人工授粉不要
- ゴールド二十世紀(1991年品種登録)人工授粉 黒斑病への抵抗性あり
- おさゴールド(1997年品種登録)人工授粉不要 黒斑病に強い
- 瑞秋(2000年品種登録)人工授粉不要 黒斑病に強い
鳥取二十世紀梨の親木
1904年に北脇永治が鳥取県に導入した10本の二十世紀梨の苗木を元に県内に広めたことから鳥取二十世紀梨の親木と呼ばれている。
10本のうち3本が森林公園とっとり出合いの森で現存しており、鳥取県の天然記念物に指定されている。
2022年に親木の穂木受渡式が執り行われ、118年ぶりに松戸市へ里帰りを果たした。
現在でも実を付け、「長寿梨」として販売されている。
森林公園とっとり出合いの森
(鳥取県鳥取市桂見293)